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広島家庭裁判所 昭和31年(家)281号 審判

申立人 井口静子(仮名)

相手方 村谷清次(仮名)

事件本人 村谷夏子(仮名)

主文

事件本人両名の親権者を相手方より申立人に変更する。

理由

申立人は主文同旨の審判を求め、その原因とする事実関係を次のように陳べた。申立人は三重県○○○郡○○村大字○○○○○○○番地において父山本一郎、母キシの四女として出生し、東京在住中昭和十五年、当時○○○○○株式会社勤務中の相手方と婚姻同棲するに至つた。相手方は昭和十九年前記○○を退職し大阪市内○○工業株式会社に就職したが間もなくこれも退職し広島県○○郡○○町に移住し○○○○○○業を初めるに至つた。事業成績は最初は順調であつたが昭和二十六年頃から負債を生じ債鬼に責められるようになつた。この間申立人は相手方と同棲を続け、昭和十六年○月長女夏子を、昭和十七年○○月長男忠一を出産した。債鬼に責められるようになつてからは、相手方の仕事は漸次減少しその収入では到底家計を維持し難いので申立人は、昭和二十七年頃○店を開業してその生活を維持した。相手方はその頃から競輪、パチンコ等に耽つて徒食し飮酒をやめず、申立人の収入では家計を賄い得ない状況であつたので、申立人は義兄村上正司に依頼して離婚を求めたけれども相手方はこれを承諾しなかつたし行状も改まらなかつた。申立人は思案の末昭和二十八年三月頃相手方不在中事件本人等を伴つて家出し事実上相手方との離婚状態に入つた。

その後昭和二十九年初め頃相手方の承諾を得て離婚し同年秋頃事件本人等を連れて井口久夫と再婚して今日に及んでいる。事件本人等は久夫を父と呼び久夫も亦事件本人等を愛育している。事件本人等は、相手方と生活を共にする意思がないので事実上事件本人等を監護教育している申立人を親権者とするよう変更してもらいたい。

相手方は当裁判所が嘱託した鹿児島家庭裁判所鹿屋支部家事審判官の審問に対し、次のように陳述した旨の記載がある。相手方は、昭和十五年二月申立人と婚姻し、夏子、忠一の二児を挙げたのであるが、昭和二十八年三月○○日相手方が公務出張中申立人は二児を連れ無断家出して事実上相手方との同棲生活を破つてしまつた。相手方は当時申立人が書遺した手紙に捜査願などしてくれるなと書いてあつたので申立人の意思を尊重し、隠忍して母子の帰来する日を待つていた。ところが家出後約一ヶ年を経過したころ申立人は相手方に対し、目下三重県の叔父の下にいるが生活に困つているから生活保護を受けたい。生活保護を受けるには離婚の必要があるので離婚をして欲しいと書面で申越したので相手方は親族と相談の上、申立人が帰来したときは更に婚姻の届出をすればよいというように考え、事件本人等の親権者を相手方として離婚を承諾した。離婚後申立人は井口久夫と婚姻をしており襄に申立人が離婚の承諾を求めたのは、井口久夫と婚姻するためであつたことが推測されるし、申立人は相手方と同棲中から井口と怪まれる関係にあつたのではなかろうかと今にして思い当る節もある。従つて相手方は、このような関係にある申立人や井口に対し愛児を托することはできない。相手方は目下鹿児島県○○郡○○町の土木技術員として勤務し月収一万円程度を得事件本人等を引取つて養育しても生活には困らないから之が引取を希望する。親権者を申立人に変更することには同意することができない。

当裁判所は、参考人として申立人の夫で事件本人等と同棲している井口久夫及び事件本人等両名を審訊し、双方の主張につき種々考覈してみた。まづ本件記録に添付された筆頭者村谷新左衛門の戸籍謄本の記載に当事者双方の審訊の結果を綜合すれば、申立人と相手方は昭和十六年三月○○日婚姻しその間に事件本人等をそれぞれ出産したこと、申立人と相手方は昭和二十九年一月○○日離婚し、その際事件本人等の親権者を相手方と定めたものであることを認めることができる。次いで申立人及び参考人井口久夫の審訊の結果並に記録添付の井口久夫の戸籍謄本により、申立人は、昭和二十九年十一月○○日井口久夫と婚姻し、その際申立人は事件本人等両名を連れて婚嫁し爾来今日に至るまで井口久夫、申立人、事件本人等の四名で家庭生活を営んでいるものであること、井口久夫は○○工業株式会社の検査工として勤務し現在一ヶ月の手取一万八千円を上廻る収入を得て、これを四人の生活費に充て大体不自由のない生活をしていること、現在事件本人夏子は高等学校一年に通学し、事件本人忠一は中学校二年に通学し平穏に暮していることを認めることができる。一方相手方審問調書の記載により相手方は現在単独の家庭で○○町の土木技術員として勤務し一ヶ月凡そ一万円の収入のあることが認められる。そこで事件本人等の生活現状を変更し事実上の監護養育を相手方の手に托することが事件本人等の利益であるかどうかを考えるに、満十五歳に達した事件本人夏子、満十三歳四ヶ月余の事件本人忠一は、その審訊の結果に徴しいづれも母の手を離れて父の下に帰ることを望んでいないことを認めることができるし、母である申立人は、事件本人等を手離すことなく自己の手で成人させたい本能的愛情を有していることがその雷訊の経過において認め得られる。申立人の夫井口久夫は相手方と郷里を共にする関係で最近その郷里において相手方が久夫の悪口を言い触らし、ために久夫の近親者から注意を促す者もあり、相手方も亦久夫に対し直接書面で嫌味を申送る等の事情のため、その犠牲において事件本人等を養育するも、成長後事件本人等が相手方の下に走り久夫を顧みないような場合もあり得ることを想像し迷いを生じているけれども、子は母の下に成育することが最も幸福であることを想い、迷いながらもこれを養育する意を決していることが、同人を審訊した結果によつて認め得られる。一方相手方の生活状況の詳細はこれを詳にすることはできないけれども、相手方は現に単身の生活で、しかも勤務の身であるとすれば諸種の点において生活上の不便もあり、通学中の子を養育するに好条件を備えたものとは為し難い。このような諸状況により当裁判所は実母の下に平穏に通学している事件本人等の現環境を変更しないことが事件本人等のために利益であると認定する。事件本人等は、何等財産を有するものでもなく、申立人において現実に監護養育しており、すでに述べたように現環境を変更しないことが事件本人等の利益であるとすれば、監護教育の実際を担当している申立人に親権者を変更することが親権の本質に照し法の精神に適合するものと謂わなければならない。

相手方は申立人が相手方と婚姻中既に現在の夫久夫との間に不貞の行為のあつたものと推測し得られる事情もあり、果してそうだとすればそのような関係にあつた申立人や久夫に事件本人等を托することはできないと言い、その心情は当裁判所においても理解し得られないではないけれども、そうした疑惑は現在のところ単なる疑惑に過ぎないのであつてこれを証明することはできないところである。のみならず仮に相手方が疑うような事実があつたとしても既に数年間培われた現実であつて、俄にこの現実を破壤し難いものがありしかも事件本人等がこの現実の上に平穏に育ちつつあり、なお将来もこの平穏を害すべき特別の情況の見るべきものがないとすれば、徒らに過ぎ去つた過去の事実に促われ相手方の感情上の好悪によつて事を決すべきではなく冷静に事件本人等が平穏無事に育まれつつある現状を喜び、穏かに現状を看守することが真の父性愛とも言い得るのであるから、相手方は寛大な心情をもつて現況に処すべきであると考える。

よつて民法第八一九条六項により主文の通り審判する。

(家事審判官 太田英雄)

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